遊助はモテるために、

 

・理性的であること。

・論理的であること。

・悲観的であること。

 

を捨てました。

 

学校の先生は、理性的で論理的で悲観的(慎重)な遊助のことを褒めてくれて、テストで100点をくれたんですが、

現実社会ではまったく役に立たなかったからです。

 

論理的思考とか、理性的であるとか、ものごとを慎重に判断できるとか、昔はそう褒められて喜んでいた遊助ですが、

現実の社会ではゴミでしかなかったんですよね。笑

 

論理も、理性も、悲観もいらない。

 

今はそう褒められても、まったく嬉しくありません。

 

だーれも、求めちゃいないからね。

 

いくら論理的な思考ができても、

女の子は口説けない。

 

金を稼ぐことも、いい友人を見つけることもできない。

 

だって、そんな人間、ありふれてますから。

 

学校教育が「論理的な思考のできるニンゲン」を育てるからこそ、

 

論理的な思考って

たっくさんの人間ができること。

 

ありふれていて、価値がないんです。

みーんなできることを身につけても、ゴミスキルです。

代わりにできる人が、ごまんといますから。

 

今まさに、税理士や弁理士、行政書士がAIによって代替されようとしてますよね?

 

スーパーも無人のレジが置かれるようになって、「レジ打ち」という仕事も少なくなってしまった。

 

過去の歴史を見れば、手で一つ一つ作っていた「料理」が工場で生産されるようになり、物品も職人の手ではなく機械で大量生産するようになってきました。

 

同じように

代わりがいる人間って、自然淘汰されていくんです。

 

価値がない。

 

選ばれない。

 

じゃあ、選ばれなかった人間は?

 

高給職に選ばれないような、価値のない人間になってしまった男には、救済があるのでしょうか?

 

救済として、国が「お金」をあてがってくれるのでしょうか?

 

・・・そんなこと、ないですよね。

 

ゴミな男は、ゴミなまま「お金のない」人生を送っていくのが常識です。

理性・論理・悲観にこだわる人間は、モテない。だってタックサンいるんだもん。

「みーんなができること」しかできない人間は、選ばれません。

 

特にネガティブな人間は、日本の大多数を占めるので、だーれも価値を感じない。

 

だって、みんなそうですから。

 

イヤイヤ毎日労働して、イヤイヤ飲み会なんかに参加して、将来の不安や不幸のなかで、みんな生きているんです。

 

不幸がありふれていて、暗ーい世界。

 

だから、ネガティブになって当たり前なんです。

 

他人の愚痴を吐いて気持ちよくなりたがったり、他人に対してマウントを取って気持ちよくなりたがったり。

 

暗ーいオーラを出しながら、疲れた顔をして、息切れをしながら人生を歩んでいる。

 

でもね・・・

だからこそ、ポジティブな人間が激モテします。

明るく元気で、その元気を少しでも他人に分け与えられる人は、求められます。

 

別に、物事を悲観的に、多角的に捉えて、論理的に分析しなくてもいいんです。

 

そんなの、みんながやってくれますから。

 

だから僕たちはポジティブに行動を重ねていくこと。

 

ありふれたネガティブな人間にならずに、ポジティブな見方で生きていく。

 

明るい言葉を発して、

 

他人を元気づけるような行動をして、

 

笑顔で元気に生きていく。

 

我ながら書いていて、小学生の標語みたいだと思いますが、

ポジティブで明るく生きるだけで、人生は変わります。

 

グチグチ怯えて、いろーんな悲観的なことを考えて、自分の欲望を押し込んで、表立っては真面目に、偽りの仮面をかぶって生きていくと・・・

だーれもあなたに価値を感じませんし、女も抱かれたいと思いません。

 

あなたも周りも、誰も笑顔になりません。

 

まあ、育ててくれた親は、「真面目なあなた」に安心してくれるかもしれませんけど。

 

明るく元気に生きるだけで、人生は変わります。

 

遊助のモテる理由って、それだけなんです。