遊助は、「自分の弱さ」ってものに悩んでました。

足も遅いし、

運動神経も悪いし、

花粉症だし、

受験期にできた顔のニキビ跡がひどいし、

ひょろひょろガリガリの体型だし、

 

誇れるもんなんて、半端な学歴しかない。

 

社会的にも、精神的にも、

自分が弱くて情けなかった。

 

この弱い自分が見破られるんじゃないか、

と思うと

 

そうそう人と仲良くなんてできなかった。

 

 

心を開くなんて・・・ムリ。。

 

 

いつどこで、こんな弱い自分を知られて、

 

笑われるのかと思うと、

 

失望されるのかと思うと、

 

オチオチ自分の弱点を隠してしまう。

 

 

虚勢を張って、

対外的に「強い自分」を演じてしまう。

 

 

でも、

そんな自分が嫌いで、

強くなれない自分に嫌気がさして・・・ね。

 

 

コンプレックスの塊でした。

 

 

人と比べて、

 

ため息を吐いて、

 

自分を偽って生きている。

 

 

弱くて、嘘つきで、情けない。

 

 

ただの弱者。

自信をつけるって、・・・どういうこと??

今の遊助は、

 

・前向き

・(いい意味で)自信がある

・エネルギッシュな人

 

とか言われるけれど、

昔はそんな人間じゃなかった。

 

 

根暗で、

 

心配性で、

 

思考が真っ暗で。

 

 

何事も後ろ向きに考えてしまって、

何も手がつかない人間。

 

 

高校生の時は告白なんてできなかったし、

友達も少なかった。

 

 

心から話せる友達なんて、

いなかったかもしれない。

 

 

こうしたら嫌われるんじゃないか、

これを明かしたら変な目でみられるんじゃないか。

 

 

自分のことを話すのを嫌っていて、

いつもだんまり。

 

 

口を閉じて、「何か」が過ぎ去るのを待っていました。

 

 

自信なんてものは、

コレッポッチもありませんでしたね。

いつか、時が来れば、自分は幸せになれると思っていた。

ずっと、

 

ずううーっと、

 

その時を待っていた。

 

 

高校生になれば、

 

大学生になれば、

 

いい大学に合格すれば、

 

幸せな生活に少しは近づくんじゃないか??

 

 

「子供」から抜け出して、

オトナになれば、自分は強くなるんじゃないか??

 

 

そう思っていた時期がありました。

 

 

でも、

 

子供が小学校から中学校、

中学校から高校に上がっても「何も変わらない」ように、

 

社会人になっても、

強くはなれなかったんですよね。

 

 

思っていたオトナとは違っていた。

 

 

弱くてモロイ、チッポケな人間のままだった。

でも、遊助は知っていました。

やれ、

 

大企業に就職しただの、

社会人になっただの、

有名大学を出ているだの、

 

こんなの1ミリも「強さ」にならないことを知っていました。

 

 

本当は、知っていたんです。

 

 

いくら自分に「箔」をつけても、

僕自身が弱いままだったから。

 

 

小学校高学年で、環境大臣賞をいただいたり、

高校受験で県内トップクラスの高校に合格したり、

大学受験で上位大学に合格しても、

 

遊助の弱さは変わらなかった。

 

 

外側でいくら取りつくろっても、

内面の弱さは変わらなかったんです。

 

 

いくら「箔」をつけたって、

ココロの弱さは変わらなかった。

 

 

もう、なんども何度も経験していたんです。

 

 

外部からの評価って、

自分の強さとはなんの関係もないって。

 

 

大企業に就職しただの、

 

社会人になっただの、

 

有名大学を出ているだの、

 

女を何人抱いただの、

 

年収がいくらだの、

 

 

そんなの、僕が求める「強さ」じゃなかった。

 

 

いくら「箔」をつけても、

僕は弱っちいココロのままでした。

そもそも、「強い」ってなに?

人間として「強い」って・・・

どういうこと?

 

 

カネか?

 

社会的地位か?

 

女をたくさん抱くことなのか?

 

・・・・・・。

 

 

うーん。

 

どうにも、ピンとこない。

 

 

遊助は「自分の弱さ」で悩んでいたけど、

「強いってどういうことか」知らなかったんですよね。

 

 

強さって、なに?

 

 

強いって、どういうこと?

 

 

遊助はそれを、知らなかった。

 

 

だって、

実際に強くなったことないもの。

 

 

そんな経験がないこと、

分かるわけがない。

でも、「強い人間」は知っていました。

身近では、

 

うーん・・・

 

ってかんじでしたが、

 

遊助にとって

強い人間はテレビにいました。

 

 

人前で恥をさらして、

 

恥ずかしい話を自分から話して、

 

人を笑わせて、

 

それで飯を食っている。

 

 

なんの迷いもなしに

「自分の弱さ」を人前にさらけ出す。

 

 

なのに、

 

ヘラヘラもせずに、

 

真剣な表情で反省をしているんです。

 

 

「ああ、今日も(客を)笑わせられなかった」って。

 

 

・・・・・・。

 

 

そんな映像を見たときに、

お笑い芸人ってヤベーって思いました。

 

 

自分にできないことを、

当たり前のようにやっている。

 

 

たとえば、

出川哲郎さん。

 

 

ご存知の通り、

 

ほんの十数年前までは

『抱かれたくない男ナンバーワン』

嫌われ役として知られていましたが、

 

ここ数年は

もう反転するような人気ぶりですよね。

 

 

やっていることは同じ「リアクション芸」なのに、

世間のイメージはガラッと変わった。

 

 

でも、

昔からやっていることは同じようです。

 

「ポリシーってことでもないんですけど、体を張ってみんなに笑ってもらいたい。それで笑ってもらえれば全然、いいと思った。20年前にも『anan』のインタビューで『芸風を変えるつもりはないんですか』って聞かれたんですけど『1ミリもないです』って答えました。これでやって笑ってもらえればいい」

 

 

身体を張って、人を笑わせる。

 

 

これを、ずっと続けてきただけ。

 

 

「キモい」と誰に言われても、

 

おやじ狩りに出くわしても、

 

日本中のみんなから「下」に見られても、

 

芸風を変えなかった。

 

 

信念を曲げなかった。

 

 

「『気持ち悪い』とか嫌われても実際に笑ってくれる人がいた。いい人をテレビで演じようとすればすごく簡単なんです。でも、それをやらずに10年、20年続けたときに『まだ、コイツやってるよ』って、その人達がちょっとでも『バカなりに一生懸命やってんだね』って思ってもらえればいいですって(以前)言ったのは、すごく覚えているんです」

 

 

そしたら、

あるときにコロッと

世評のほうが変わったようです。

 

「やってる芸風は何一つ変えていない。別にこびているわけでもない。正直、不思議でしょうがないですね。イッテQ(日本テレビ系『世界の果てまでイッテQ!』)の影響はデカいけど、やっていることはなんにも変えてないですからね。だから、ホントに世の中って勝手だなって思いますね」

 

今や、

女子高生が「抱かれたい男」として

挙げるまでになっています。

遊助にとって「強い人間」は、どんな状況でも「信念を持って、楽しく生きている人間」でした。

いい意味で、雑草のような人間。

 

たとえば、

 

出川さんにとっては、

「客が笑うこと」がすべて

でした。

 

 

そのためなら、

自分の恥とか外聞とかドウデモイイ。

 

 

周りからの評価なんて度外視して、

ただ「客の笑い」にのみ注力してきた。

 

 

お客さんが笑ってくれるなら、それでいい。

 

 

自分の世間からの評価とか、みんなからどう思われようがドウデモイイ。

 

 

それが、

出川哲朗さんのスタンスです。

 

 

自分を捨ててでも、やり遂げたいことがある。

 

 

いい意味で、

自分なんてドウデモイイ

という状態が「強さ」なんだと知った。

 

 

そういう状態というか、

「そう思えるメンタル」が強さの出発点なんだと。

 

 

自分よりも、

はるかに価値のあるものを見つけることが、

「強さ」のスタートなんだと。

 

 

自分の恥とか、

自分がどう見られているかとか、

 

そんなことに苦しんで震えていた自分が、

バカらしくなりましたねw

 

 

「自分なんて、いらない。」

 

そう思えるだけの「何か」が欲しいと思った。

 

 

僕が大学3年生の時のことです。

強くなるには、自分をトコトン知ること。遊助はそこから始めました。

僕は「自分」をほとんど知らなかった。

 

 

たとえば、

 

自分は何をしたくて、

どうすれば幸せになるか

 

すら、知らずに生きてきてしまった。

 

 

敷かれたレールにそのまま乗っかって。

 

 

「自分」に責任を持たずに、

歩んできてしまった。

 

 

そのシワヨセがきたんでしょうね。

 

 

弱いまま、

オトナになってしまったんです。

 

 

自分はどうなったら幸せで、

自分はどんなことがキライで、

自分はどうしたらやる気が出て、

自分は他人と比べてどんなことに優れていて、

自分はどんな点で劣っているのか・・・

 

 

なーんも知らない。

 

 

知っていても、それは「知ってるふり」だけで、実は何もわかっていない。

 

 

なにも知らない状態で、オトナになってしまった。

 

 

自分の「欲望」さえ知らないのに、

幸せな未来なんて、描けるワケないじゃないですか。

 

 

弱っちい。

 

 

自分の未来さえ、満足に想像できない。

 

 

「自分はこうなりたい!」という欲を

自覚することさえ、できない。

 

 

アホでしょ。

 

 

それで、「幸せになれたらいいな」って。

 

 

誰が幸せにするって、

「自分が」自分を幸せにするんですからね!?

 

・・・って、昔の自分に言ってやりたい。w

 

 

欲しいものがわかってない子供に、

欲しいものをプレゼントできないですからね。

 

 

知らないんですから。笑

 

 

自分を幸せにしたいなら、

まずは自分のことをシッカリと把握せよ!

 

という話です。

人に与えられる人間が、本当の「強い人間」。

平たく言えば、

自分も他人も幸せにできる人間

ですね。

 

 

そのために遊助がやったのは、

恥もプライドも捨て去ることでした。

 

 

いらない。

 

 

そんなの、ほんの1滴さえいらない。

 

 

でも、

遊助のココロはそれにしがみついて、

がんじがらめに絡まっている。

 

 

恥をかけば心臓の鼓動は止まるし、

汗がダラダラと出てきて顔面は真っ白に。

 

 

「そこの他人が笑ってるんじゃないか」ってネガティブになって、

思い出すだけで吐き気がする。

 

 

恥をかくって・・・

めっちゃツライ。

 

 

でも、

出川哲郎さんも、テレビでバカを見せているお笑い芸人も、

みんなキレイに恥を晒しているんですね。

 

 

自分が恥をかいても、

自分が笑われても、

お客さんが笑ってくれたらそれでいい。

 

 

与えて、

 

与えて、

 

与えて、

 

そこに自分の喜びがある。

 

 

僕も、そんな人間になりたい。

 

 

「与える」ってことに快楽を感じるような、

そんなクレイジー人間になりたい。

 

 

そう、思ってしまった。

恥とプライドはマッチングアプリで捨てました。

「恥をかく練習」って言っても、

人前で恥をかけるチャンスには限りがある。

 

 

小学生みたいに「発表会」があるワケじゃ、ありませんから、

自分で探す必要がありました。

 

 

だから、

僕はマッチングアプリを選んだ。

 

 

女の子のために、

 

ハジを晒しながら、

 

与えて、

 

与えて、

 

与えて、

 

女の子を気持ち良くするのが「恋愛」

だと思ったからです。

 

 

恋愛って、

 

与えても拒絶されて、

 

与えても他の男と比べられて、

 

与えても「嫌われて」しまう・・・

 

そんなドライな世界。

 

 

自分が「してあげた」ことが、

そのまま評価には繋がらない。

 

 

女の子が喜ぶか。

 

女の子が楽しいか。

 

女の子が僕に好意を感じるか。

 

 

ぜんぶ、女の子が決める。

 

 

遊助が何をしてあげたか、

 

遊助がどれだけ時間をかけたか、

 

遊助がどれだけ勇気を振り絞ったか、

 

なんて、ゴミでしかない。

 

 

リアルで、

 

生々しくて、

 

泥臭い世界。

 

 

純粋に、

「女の子が受け取った」分でだけ評価してくれる世界だからこそ、

遊助はマッチングアプリで鍛えることに決めたんです。

一番の理由は、恥と失敗を「匿名で」かける点で、マッチングアプリは優れていたから。

どんなにハジをかいても、

 

どんなにその子に嫌われても、

 

どんなに失礼な失敗をしても、

 

明日からはフツーに

社会生活を送ることができる。

 

 

遊助は、

これが最大のメリットだと思いました。

 

 

ハジを晒すのは相手の女の子にだけで、

他のみんなには伝わらない。

 

 

自分の会社にも、

 

友人にも、

 

いざ日常に戻ったら

誰にも伝わっていない。

 

 

誰にもバレずに、

恋愛活動ができる。

 

 

少し前の時代だったら、

ありえませんよね。笑

 

 

誰かに告白したら

みんなに伝わるし、

 

誰かに恋愛的なアプローチを仕掛けようとしたら、

次の日にはウワサが広がっている。

 

 

学校の恋愛では、

 

女の子に告白してフラれたら、

 

「あいつ、〇〇ちゃんにコクってフラれたんだってwww」

 

って学年中から聞こえてくる。

 

イジられる。

 

失敗を踏みにじられる。

 

 

でも、

マッチングアプリなら、

そんなことは起こらない。

 

 

どんなに嫌われても、

罵倒されても、

ハジを笑われても、

 

家に帰ってしまえば元どおり。

 

 

いつも通りの生活が待っている。

 

 

恋愛でかいたハジが、明日に持ち越されることがないんです。

 

 

だから、

安心してハジをかけた。

 

 

安心して失敗して、

人前でハジをかく練習ができた。

 

 

・・・もちろん、

女の子1人の前でハジをかくのも、

胃がひっくり返って吐き気がするくらいツライんですけどね。笑

 

 

ドバッて黄色がかった液体を吐き出したことなんて、

何度あったことか。

 

 

でも、そのハジで、

明日からの社会生活は変わらない。

 

 

自分のキャリアに傷が付くことは、ない。

 

 

だから、

マッチングアプリは恥をかく練習にモッテコイだったんですよ。

 

 

「ハジとプライドを捨て去って、

他人に奉仕するチカラ」

 

をつけるには、ちょうどいい「練習場」だったんです。

 

 

遊助はそれで、

少しずつ「強く」なれた。

 

 

他人にちゃんと「与える」ことができるようになったことで、

遊助は「強く」なれたんです。

自分が大事すぎるから、自分を守ろうとしてるから「弱い自分」が生まれた。

自分がチョー大事。

 

 

なによりも、

 

自分が傷つかないこと、

 

自分がハジをかかないこと、

 

自分から「何か」が奪われないこと、

が一番ダイジ。

 

 

いっつも、ビクビク怯えている。

 

 

自分が傷つかないか?

 

自分がハジをかかないか?

 

自分の「何か」が奪われれないか?

 

って。

 

 

自分。自分。自分。

 

 

自分が大事すぎて、

自分を甘やかし過ぎて、

 

弱いコイキングみたいな人間。

 

 

オトナになっても、

赤ん坊のまま。

 

 

他人から「もらう」ことしか考えてなくて、

「与える」なんて考えられない。

 

 

人間社会のお荷物なニンゲン。

 

 

それが、昔の僕でした。

 

 

自分が大事過ぎて、

人生が一歩も変わらない人間だった。

 

 

今の自分を守ろうとし過ぎて、

未来の自分に迷惑をかけていた。

 

 

未来の幸せを考えられずに、

今あるものを守ろうとしていた。

未来志向。それが、遊助が恋愛で手に入れたものでした。

今、ハジをかいても、

 

今、失敗しても、

 

この積み重ねの先に、

幸せな未来が待っている。

 

 

実際に、

女の子の前でハジをかき続けた先には、

 

僕が予想もしなかった世界

が待っていました。

 

 

セックスが日常になる。

 

 

卑俗な例ですが、

これが自分に訪れるとは思いませんでしたねww

 

 

童貞だった僕が、

毎日のようにセックスをしている。

 

 

女の子と30秒も会話を続けられなかった僕が、

女の子を押し倒してアンアン言わせている。

 

 

いやらしい例で、スミマセン。。

 

 

でも、

未来のために努力して、遊助は報われた。

 

 

実際に現実として、

自分の変化を感じることができた。

 

 

これが、

どれほど遊助の自信になったことか。

 

 

自分は変わっていけるって、

自分の未来はもっと良くなっていくって、

そんな確信めいた自信をつけることができたから。

 

 

自分の未来は、自分で変えられる

と遊助はリアルに知ったから。

 

 

遊助は今、

ポジティブなんだと思います。

 

 

だから彼女と、

笑って生きられるのだと思います。

人って、未来に悲観している時が一番、ネガティブになりますから。

未来に希望がなかったら、「優しい心」なんて持てない。

 

 

自分、

 

自分、

 

自分のだけが大切って思考になって、

 

今ある幸せもコワシテしまう。

 

 

未来が不安だと、

 

未来に希望がないと、

 

人は幸せに生きていけないんです。

 

 

 

かつて、僕がその状態でした。

 

 

未来に希望が見えないから、

自分ばかり大切にしてしまう。

 

 

ハジをかくのが怖くて、

何かを失うのが怖くて。

 

 

他人に目を向けられない。

 

他人を「奪う対象」に見てしまう。

 

 

だれかが自分に「何か」をくれることを願って、期待して、

自分は何にもしてあげない。

 

 

ただ、未来に震えながら、

口を開けてエサを待っているだけ。

自分は変わっていける。自分の未来はもっと良くなっていく。その確信が、僕の「強さ」です。

遊助の強さのヒミツ。

 

 

それは、

自分の未来は明るい

と心の底から思っていること。

 

 

それだけの実力と実績

身に付けたこと。

 

 

これに、限ります。

 

 

 

遊助の彼女を見ていても、思うんですよ。

 

 

彼女がネガテイブな発言をする時って、

決まって未来を悲観している時。

 

 

自分の未来が見えなくなった時。

 

 

今の物事が上手くいかなくて、

自分の未来に希望が見えない時。

 

 

そういう時に、

彼女はグチを吐きます。

 

 

遊助のやることに、ケチをつけます。

 

 

すれ違った他人に対して、

非難するような話を僕にします。

 

 

だから、その時は、

遊助は彼女の未来を見せてあげる。

 

 

君には明るい未来があるんだと、

伝わるように言葉をかけてあげる。

 

 

ここを乗り越えれば、

明るい未来があるんだと気づかせてあげる。

 

 

すると、

彼女は土下座して謝ってきます。笑

 

 

また、やってしまった。

 

人の悪口を吐いてしまった。

 

遊助を、傷つけてしまった。

 

 

マジで、土下座で謝ってきます。

 

 

可愛いですよ、彼女。

 

 

ネガテイブな時は、服装にまで目が向かず、

下着姿でうろついている

ことも多いので、

 

土下座でおっぱいがプルンプルン揺れます。

 

 

遊助はその谷間を見ながら、

「もういいよ、顔をあげて」

って言うんですね。

 

 

彼女は少し半ベソになりながら、

「うんっ」

って言うんですが、

 

その時もおっぱいがプルンッと揺れます。

 

 

ああ、ああ・・・

いいですね

 

 

やばい、

●ってきた・・・

 

 

彼女、

いつもは明るくて、

ハツラツで、

元気な子なんです。

 

 

でも、、

 

たまには落ち込んで暗い(ぶるんぶるんな)彼女を見るのもいいですね!笑

 

 

おしまい。